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倭(やまと)は高槻市、葛城は交野市

第430話  #倭(やまと)は高槻市 #葛城は交野市 #邪馬台国


つぎねふや 山代川を 宮上り 我が上れば あをによし 奈良を過ぎ 小楯(オダテ) 倭を過ぎ 我が見が欲しく国は 葛城高宮 我家(ワギヘ)のあたり


この歌は、仁徳天皇(*注下記)の歌とされています。「つぎねふや」は山代川(淀川)の「あおによし」は奈良の枕詞です。


難波の宮を過ぎて山代川を上り、私が登っていくと、奈良を過ぎて小楯(オダテ)と倭を過ぎて、私が見たかった葛城の高宮の我家の辺りです。


この歌を見てこの歌こそが私が、邪馬台国は三島、御牧(高槻・枚方)、交野であるという説に確信を持ちました。


現在の葛城は奈良県の南の方ですが、そこに山代川(淀川)遡って行くのは不可能です。

奈良はこのブログで何度も述べているように茨木市です。「あをによし 奈良」は茨木市です。参照:第6話:三島(御島)本当の奈良  

高宮は交野市の高津(現在の郡津:こうず)でしょう。参照:第82話:高津姫~岩船街道

とすると小楯(オダテ)は枚方市で倭(やまと)は高槻市です。

小楯(オダテ)はウツシコオあるいは台与です。地名を名前にするのはよくあることです。

参照:第429話山部赤人は台与! 423話:飯豊王女は台与(トヨ)


もう一度、欠史八代の天皇を見直してみましょう。ちなみに下記の天皇はすべてウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王です。参照:第363話:彦はすべて、ウツシコオ


           后妃の氏姓(日本書紀一書)

2 綏靖 カミヌナカハミミ 磯城県主、春日県主

3 安寧 シキツヒコタマテミ 磯城県主、大間宿祢

4 懿徳 オホヤマトヒコスキトモ 磯城県主、磯城県主

5 孝昭 ミマツヒコカエシネ 磯城県主

6 孝安 オホヤマトタラシヒコクニオシヒト 磯城県主、十市県主

7 孝霊 オホヤマトネコヒコフトニ 磯城県主 春日、十市県主

8 孝元 オホヤマトネコヒコクニクル 穂積臣(穂積は大阪府茨木市の地名)

9 開化 ワカヤマトネコヒコオホヒヒ ※穂積臣、 丸邇臣、葛城


私は上記の天皇はすべてウツシコオであることを述べています

上記で分かるように、欠史八代の妃のほとんど、シキ(師木は磯城に同じ)の出身です。

磯城(シキ)は守口市から枚方市に至る淀川周辺のことです。ウツシコオ=鴨王は磯城の縣主です。また磯城と十市は同じ地を指しています。十市縣主系図によると、十市縣は春日縣の改称であるとされており、磯城・春日・十市縣は同一の地域です。


※葛城彦はサチヒコ(沙至比跪)=ウツシコオの幼名 参照:沙至比跪(サチヒコ)

ウツシコオは鴨王=オトシキ(弟磯城)は磯城の縣主です。参照:鴨王~瀬戸内海

かつての葛城=十市=磯城は守口市から枚方・高槻辺りを指します。

十市県主の祖である大目は、守口市の大日(地名)であることを述べました。参照:日向は大阪府守口市 、菊理媛神~大目は大日(守口市) 、櫛名田比売2~八雲は守口市

多神宮注進状には創建由緒として次のように記しています。

  • 綏靖天皇二年春に神八井耳命が春日県(後の十市県)に大宅を造り、神籬磐境を立て、自ら皇祖天神の神事を司り、県主の遠祖である大日諸命(鴨王命の子)を神主として祀った。


※第4代懿徳天皇から第9代開化天皇までの和名には、すべてヤマトがついています。

倭(ヤマト)は高槻とすれば、「倭を過ぎ」の意味が分かります。小楯(オダテ)=枚方で淀川から天の川に入り上流に向かえばそこは郡津(こうず:高津)です。


交野市郡津辺りは、片野物部の本拠地です。高倉下の名前の元になった倉治(くらじ)もここです。「葛城高宮 我家(ワギヘ)のあたり」です。ということで疫病の大流行でこの地が放棄されるまでは葛城は交野市であることが言えます。


※孝昭天皇にヤマトが付いていないのはこのとき一時的にウツシコオが高石市に住んでいたことを示しています。孝昭天皇の同母弟に武石彦奇友背命(多芸志比古命)がおり、武石は高石です。参照:第59話:高師小僧~大阪府高石市 第60話:高師の浜のあだ波~高石・高槻


==============================

(*注) 仁徳天皇は台与というのが今の私の考えです。

仁徳天皇=崇神天皇=菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)=台与です。

藤原不比等・記紀の作者は、日本の天皇家が「男系天皇」を継続してきたとしたいことから、「天皇家は万世一系」とするためにトヨ=豊受姫が13歳の少女ではまずかったのです。


<交野にある邪馬台国関連記事>

卑弥呼  第347話:推古天皇は架空の天皇~交野市私市

饒速日 第82話:高津姫 ~岩船街道


交野=葛城高宮はまさに「我家(ワギヘ)のあたり」です。

交野の私市は、地味肥え作物豊かな野であったので「甘野」といわれ、後に天野(あまの)となりました。古事記・日本書紀に出てくるアマ・アメはこの交野市私市(天野)で=葛城高宮(交野)は高天原です。


◎上記の歌が詠まれた後、大規模な疫病の蔓延により、茨木・枚方・高槻・交野は放棄されヤマト(倭:邪馬台国)は奈良県に移動しました。


関連項目:第309話:邪馬台国は北摂!!


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、茨木、高槻、枚方、交野です。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 

※これまでの記事はこちらです。


<目次>





都芸泥布夜(つぎねふや) 夜麻志呂賀波袁(やましろがはを) 美夜能煩理(みやのぼり)

 和賀能煩礼婆(わがのぼれば) 阿袁邇余志(あをによし) 那良袁須疑(ならをすぎ乙)

 袁陀弖(をだて) 夜麻登袁須疑(やまとをすぎ) 和賀美賀本斯久邇波(わがみがほしくには)

 迦豆良紀多迦美夜(かづらきたかみや) 和芸幣能阿多理(わぎへのあたり)




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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
04 בספט׳
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注:台与は女性ですが、藤原不比等・記紀の作者は、日本の天皇家が「男系天皇」を継続してきたとしたいことから、「天皇家は万世一系」とするためにトヨ=豊受姫が13歳の少女ではまずいので男性として記紀には記載しています。

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
03 בספט׳
דירוג של 5 מתוך 5 כוכבים

<これまでウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王であることが判明した人物>


第374話:牛鹿臣はウツシコオ!   第371話:彦狭島命~吉備児島

第372話:建日方別:彦狭嶋命  第369話:神武西征~健磐龍命

第365話:君が代(2):君はウツシコオ   第363話:彦はすべて、ウツシコオ

第324話:武内宿禰はウツシコオ!!  第325話:天之日矛はウツシコオ

第326話:大日彦(オホヒヒ彦)~守口  第327話:于道朱君の衝撃~新羅

第328話:沙至比跪(サチヒコ)  第329話:アメノヒボコはウツシコオ

第330話:投馬国とウツシコオ~丹波(但馬)  第331話:朱智神社~迦邇米雷王

第333話: 牛頭天王(スサノオ)はアメノヒボコ?

第380話:猿田彦は異国人     第401話:犬養氏:スサノオは天手力男神=野見宿禰

第335話: 天道根命は道祖神=ウツシコオ 第334話: 大彦は、五十猛! 

第336話:大屋彦~根の国は和歌山  第337話:阿多賀田須命~宗像氏

第338話:月読命(ツクヨミ)      第349話:天児屋命はウツシコオ!!

第357話:武甕槌神(タケミカヅチ)考    第317話:ひょっとこ:火男~天之御影命

第318話:空海のルーツは内色許男命!   第319話:和知津美命はワタツミ!!

第320話:欠史八代はヤマト=三島    第230話:三嶋溝抗命たち(複数)

第231話:神八井耳命は三毛入野    第232話:内色許男命は武埴安彦命!

第274話:八咫烏もウツシコオ   第275話:事代主もウツシコオ?

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第252話:迦毛大御神は崇神天皇!  第253話:キサガイヒメはウツシコオの母!

第354話:伊勢津彦はタケミナカタ =ウツシコオ 第254話:興玉命も内色許男命

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第395話:天日鷲命は、、、  第397話:獲加多支鹵大王(ワカタケル) =雄略天皇

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