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大日彦(オホヒヒ彦)~守口

更新日:5月23日

第326話


和州五郡神社神名帳大略注解所の十市縣主系譜に、十市縣主の祖は大日彦(オホヒヒコ)の娘である。と書いてあります。


記紀では十市縣主は大目であるとしています。よって上記により大目は大日であることが証明できました。十市縣主は大目の娘であるマシタ姫(真下姫=細媛命=杵島姫命)は孝霊天皇妃です。箸墓古墳は大市(マシタ姫)の墓

一方、素戔嗚は大山祇命の娘の神大比売(カムオオ”イチ”ヒメ)を娶ったと古事記に書いてありました。真下姫=細媛命=杵島姫命は神大比売(カムオオ”イチ”ヒメ)です。

神大市比売の父親は大山祇です。

・十御縣坐神社(とおちのみあがたにますじんじゃ)は、奈良県橿原市にある神社で、主祭神は豊受大神、配祀は市杵島姫命(いちきしまひめ)。社伝では孝霊天皇記に見える十市県主の祖の大目を祭神としています。大目は大日です。このことにより、大山祇命は大日彦です。


・大山津見(大山祇)の子が神大比売

・素戔嗚(スサノオ)妻が神大比売

・孝霊天皇の妻は十市縣主大日彦の娘であるマシタ姫(真下姫=細媛命)

大日彦の娘は神大比売            

  よって神大比売は杵島姫命(マシタ姫)、素戔嗚(スサノオ)は孝霊天皇 


このことにより、大山祇は大日彦です。素戔嗚が孝霊天皇であることも証明できました。大日は大阪府守口市です。


そして大日彦とは、稚日本根子彦大日日天皇(開化 ワカ・ヤマト・ネコ・ヒコ・オホヒヒ)です。


第134話:三島の溝杭は大日彦~邪馬台国異聞9 では、大日彦は守口という淀川のちょうど中間地点で河内湖に繋がる重要な場所に拠点を持っていたと思われることから、大日彦は、三島の溝杭であるとしました。溝杭とは淀川の通行利権をもつ支配者のことです。根子(ねこ)とは支配者の意味です


伊予国風土記によれば、伊予国乎知郡(越智郡)御島に坐す大山積神(大山祇命に同じ)は、またの名を「和多志の大神」といい、仁徳天皇の御世に百済より渡来して津の国の御島に鎮座していたといいます。「津の国の御島」とは摂津国三島(現 高槻市三島江)を指すとされています。「和多志の大神」とは渡し、つまり大山祇(大日彦)は淀川の渡船の神だったのです。和多志の大神とは三島の溝杭のことです。


第279話:開化天皇 では、小幡神社(京都府亀岡市曽我部町穴太宮垣内)があります。そこは全国で唯一開化天皇を祀る神社があります。地名の穴太(あのう)は鉱山のことです。鉱山は大穴で大穴持ち(オオナムチ)は当時の大王であることも既に述べています。

開化天皇は亀岡から桂川~淀川に繋がる保津川の支配者でもあったわけです。

保津川が桂川になる辺りが久我(クガ)でクガミミ(玖賀耳之御笠)の拠点地です。


第279話:開化天皇は大彦という記事を書きました。開化天皇 (hidemaru3375.com)

大活躍した兄弟である大彦に比べ、開化天皇の事績はほとんどありません。第250話で述べた狭穂姫命~狭穂毘古の乱 狭穂毘売の後は垂仁天皇の皇后となった日葉酢媛命(ひばすひめ)の父親が開化天皇とされているくらいです。


開化天皇 - 日子坐王 - 山代大筒木真若王 - 迦爾米雷王 - 息長宿禰王 - 神功皇后

の系譜から、開化天皇は、三島の溝杭=ウツシコオ(内色許男命)です。ウツシコオの業績をかくし名前を開化天皇はとすることで、創作した神功皇后・応神天皇の系統にリアリティーを持たせるために組み込んだのです。


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<蛇足の追記>思いついてしまったので一応書いておきます。邪馬台国とは全く関係ありません。

弘法大師(空海)の密教の最上の仏は大日如来です。

ひょっとして大日如来の大日は、ウツシコオのことではないかと思いついてしまいました。

これこそ、ただの妄想です。


善無畏三蔵(ぜんむいさんぞう)が大日経を漢訳した際、「大日」としたことで大日如来と呼ばれるようになりましたが、大日如来は「智慧の光明で宇宙の全てを照らす仏」を意味しています。


大日如来のサンスクリット語の名称(梵名/ぼんめい)は「マハーヴァイローチャナ(Mahāvairocana)」でそれぞれ次の意味があります。

  • マハー…大きな・偉大な         →

  • ヴァイローチャナ…あまねく照らす  →太陽=

※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、茨木、高槻、枚方、交野です。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 

※これまでの記事はこちらです。


<目次>



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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
May 22
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