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内色許男命は武埴安彦命!

更新日:2月18日

第232話


阿陀比売神社は奈良県五條市原町にあります。この辺りは「アタ」と呼ばれる地域です。最寄り駅は、近鉄大阿太駅です。この神社で祭られている阿比良比売が神武天皇の最初の妻の吾平津媛(あひらつひめ:古事記では阿比良比売:あひらひめ)です。

阿陀比売神社の阿陀比売の別名は、木花開耶姫(このはなのさくやびめ)です。古事記では、神阿多都比売(かむ・あたつ・ひめ)、日本書紀では本名を神吾田津姫(かみあたつひめ)つまり、吾田媛(あがたひめ:アタ姫)です。


木花開耶姫の父神は大山津見神(大山祇)です。大山祇は、守口市の大日彦です。

この人物も三島の溝杭ですと書いたのは、守口の大日彦の子の味舌姫(細姫)が孝霊天皇(スサノオ)の后になったということだけです。媛蹈鞴五十鈴媛命が神武天皇の后になったというのも、その逸話をなぞって創作されたのです。味舌姫(細姫)が水運の守り神の宗像三女神の市杵島姫神とされたため、大日彦自身も水運の守り神として三島の神=大山祇になってしまったということです。大山祇は守口の大日彦をモデルに作られた神で実在の人物ではない事にやっと気づきました。つまり大山祇はアタ姫の父親ではないのです。この逸話のポイントは、大山祇は、三島の溝杭と思われるという点です。木花開耶姫の父は三島の溝杭であるとすれば、ウツシコオである可能性があります。


日本書紀によれば、孝元天皇(第8代)の妻は河内青玉繋の娘の埴安媛(はにやすひめ:波邇夜須毘売神とは異なる)で、タケハニヤスの妻が吾田媛(あがたひめ:アタ姫)とされています。河内青玉繋がアタ姫の父親です。

安寧天皇は河内青玉繋!? ではこう書きました。

記紀では安寧天皇は 磯城県主の黒速の館で生まれ、そのときに朝日が輝いたので磯城津彦玉手看天皇(シキツ・ヒコ・タマデミ)の名が付いたと書いてあります。黒速は、ウヅヒコの別名です。黒速=鴨王=ウツシコオです。この事により、安寧天皇もウツシコオとの関連が深いことが分かります。


第227話:天日方奇日方命ではこう書きました。天日方奇日方命は建甕槌だということです。天日方奇日方命は鴨主命(鴨王)とされています。鴨王=三島の溝杭ということです。

天日方奇日方命の別名は阿田都久志尼命(あたつくしねのみこ)です。


天日方奇日方命=建甕槌=黒速=鴨王=ウツシコオという図式ができてしまいました。

これらは私が三島の溝杭であるとしてきた名前です。

武埴安彦命は建甕槌!! とも書きました。


阿田姫は、孝元天皇の后であるハニヤス姫です。ハニヤス姫は武埴安彦命(タケハニヤス)を生んでいます。武埴安彦命(タケハニヤス)は乱を起こします。

武埴安彦命は内色許男命なのでしょうか。


アタは反逆者の意味があります。賊虜=アタ~邪馬台国と神武天皇(牧尾一彦著)p425

アタが反逆者という意味になったのは、アタ姫が反逆者だったからでしょう。出雲が反逆者という意味になったのも、武埴安彦命(タケハニヤス)が山代国の出雲を拠点としていたためでした。内色許男命は大和朝廷(邪馬台国)の反逆者となったのでしょうか。


       続く


※このプログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

 今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。ミマキ国は、茨木、高槻、枚方、交野です。 

※これまでの記事はこちらです。





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