第98話
前号の続きです。彦幸(ヒコサチ:ヒコユキ)は木の国の名草から四国に行ったようです。鳴門市大麻町榛原にある大麻比古神社(おおあさひこじんじゃ)の社伝によれば、神武天皇の御代、天太玉命の御孫の天富命が阿波忌部氏の祖を率いて阿波国に移り住み、麻・楮の種を播殖してこの地を開拓、麻布木綿を生産して殖産興業と国利民福の基礎を築いたことにより祖神の天太玉命(大麻比古神)を阿波国の守護神として祀ったのがこの神社の始まりだと言います。
神武東征においては、手置帆負命(ヒコサチの父=大名草比古命)・彦佐知命(ヒコサチ)の二神の孫の讃岐忌部・紀伊忌部を率い、紀伊の国の材木を採取し、畝傍山の麓に橿原の御殿を作ったとされています。神武は饒速日=五十猛です。五十猛が日本に木を植えて青山にしたと以前書きました。忌部氏(彦幸=ウツシコオ)は、饒速日=五十猛とともに行動していたことがうかがえます。
上垣内憲一先生は、この辺りにある萩原一号墳が奈良県桜井市にあるホケノ山古墳の作り方がそっくりであることから、忌部氏は古墳の建築に関わっていたことを示唆されています。
そして、彦幸の子孫たちは阿波忌部を率いて更に肥沃な土地を求め、阿波忌部を分けて東国に率いて行きました。麻・穀を播き殖え、良い麻が生育した国は総国、穀の木の生育したところをは結城郡、阿波忌部が住んだところは安房郡です。その地に社を建てたのが現在の安房神社です。千葉県南部、房総半島最南端部の吾谷山(あづちやま)山麓に鎮座する神社で祭紳は天太玉命です。
神武天皇の御代の天太玉命の御孫の天富命は、彦幸=ウツシコオその人だと思われます。大麻比古神社の社伝には、天富命は神武の重臣に坐す(います)と書かれています。神武は饒速日(孝元天皇)でウツシコオは孝元天皇の宰相です。
そして、第95話で書いた大賈布(饒速日七世孫)こと和泉国:志貴縣主もウツシコオと考えてもよいでしょう。大賈(たいこ)とは「大商人、富裕な商人、豪商」の意味で天富命とイメージがにています。
※このプログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。ミマキ国は、茨木、高槻、枚方、交野です。
※これまでの記事はこちらです。
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