大阪と邪馬台国:鶴橋・小橋
- tootake
- 3月20日
- 読了時間: 5分
更新日:3月21日
第627話
しのぶれど 人はそれぞと 御津の浦に 渡り初めし ゐかひ津の橋
(忍んではいても、人がそれだと見ているなかを、はじめて猪甘津の橋を渡った)
平安時代前期の歌人、小野小町が猪甘津の橋を詠んだといわれる歌があります。
猪甘津橋(いかいつのはし)は、前回:大阪と邪馬台国:猪飼野 で書きました猪飼野(大阪市生野区桃谷付近)にあった橋のことです。日本書紀に記述されており、後継の橋は存在していませんが、文献(日本書紀仁徳天皇14年の条)で登場する木造橋としては日本最古の橋です。
仁徳天皇の時代には多くの渡来人が当地にやってきており、現在の平野川は百済川と呼ばれており、そこに猪甘津橋が架けられていました。江戸時代になると「つるのはし」と呼ばれたことから現在の「鶴橋」の地名の元となっています。この場所には、鶴が良く飛んできていたようです。昭和15年(1940年)に河川改修工事のため川は埋め立てられ、つるの橋はなくなったが、橋が存在した場所(桃谷三丁目)に「つるのはし跡」の記念碑が建てられました。
古事記に書かれている難波の比売碁曾社(ひめこそ)*に相当する神社として大阪市東成区東小橋の比売許曽神社があります。JR鶴橋駅から近い場所にあり、主祭神は下照比売命で、速素盞嗚命、味耜高彦根命、大小橋命、大鷦鷯命(仁徳天皇)*、橘豊日命(用明天皇)も祀られています。*古事記には、新羅から来た阿加流比売神(アカルヒメ)が難波の比売碁曽の社に坐すと記されています。
*仁徳天皇は台与です。~仁徳天皇(第16代)
*阿加流比売神(アカルヒメ)は台与です。~大阪と邪馬台国:姫島~大阪市西淀川区
大小橋命は、吾平津媛の父親です。古事記によれば吾平津媛は「阿多之小椅君」の妹とあります。この阿多之小椅君は、日本書紀に登場する火闌降の子孫である「吾田君小橋」と同一人物と思われます。小椅=小橋は、大阪市天王寺区の地名です。その場所には産湯稲荷神社があります。こちらもJR鶴橋駅の近くで宇迦之御魂神、下照比売命、大小橋命の三柱を祀っています。
大小橋命(亦名・御味宿称)は、父は中臣雷大臣、母は武内宿禰の女・紀氏清夫で、父・中臣雷大臣は神功皇后に仕えて活躍して「対島県の祖」と云われ、対島市にその祭祀社が多く鎮座しています。つまり大小橋命はウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)です。吾平津媛は台与(豊)です。対馬はウツシコオと関連のある地です。~卑狗は彦~対馬(津島)
そもそもこの地には名神大社「比売許曽神社」が鎮座しており、産湯稲荷はその摂社であったとされています。ところが、天正年間、織田信長による石山本願寺攻めの戦火によって、「比売許曽神社」もろとも焼失してしまった。
比売許曽神社だけは、境外にあった摂社「牛頭天王社」の敷地(東小橋:現鎮座地)に遷されたが、産湯稲荷は失われたままだったのですが、そして後年、産湯稲荷神社が旧鎮座地に再建されました。
吾平津媛(あひらつひめ)は日本書紀よれば、日向国吾田邑と書かれており、このことから日向国吾田邑は鹿児島の地名と思われています。しかし、吾平津媛の親は、古事記によれば「阿多之小椅君」の妹とあります。この阿多(アタ)之小椅君は、日本書紀に登場する火闌降の子孫である「吾田(アタ)君小橋」と同一と思われます。火闌降は火須勢理命(ほすせりのみこと)で、瓊瓊杵尊と木花開耶姫の第二子とされています。小椅・小橋を地名とみる説もあります。
小椅・小橋は、この猪甘津橋=鶴橋=小橋のことです。
このブログでは、日向は大阪府守口市であることを明らかにしています。そして日向のアタとは奈良県五條市の阿太だとされるのは、上垣内憲一先生です。「謎の四世紀」p168
五條市は、紀ノ川下流域と上流の吉野川との交通の要衝です。この辺りには、アタ一族がおり、紀ノ川の水運業で当時は栄えていたと思われます。
アタとは、異国人のことです。猿田彦=ウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)は鼻が高く、背が高く、目の色が違う。これは西洋人の特徴です。崇神朝では異俗(あたしくにのひと)が多数日本にやってきたといいます。崇神朝では多く人が海外から来たそうです。第88話~猿田彦は異国人(あたしくにのひと)
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<追記>
日向は大阪府守口市とずっと書き続けてきましたが、最近、やっと大阪府高槻市にも日向町があることに気付きました。 日向町〒569-0024そして付近には須賀町〒569-0022、天川町〒569-0026という気になる地名もあります。
スサノオは宮を造るための土地を出雲の国に求め、そして須賀の地にたどり着いて、「この地にやって来て、私の心はすがすがしい」と言って、その地に宮を造って住んだ。それで、その地を今、須賀というあります。この須賀は高槻のことだったのす。
そして高槻市の日向は、淀川に近く、私が邪馬台国とする枚方市の目の前にあります。
<大阪と邪馬台国>
※これまでの記事はこちらです。
※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけ!??としています。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)、卑弥呼、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>

古事記をそのまま読む《56》
明尾寺(枚方市)
中将姫の伝説 | 當麻寺奥院
<台与シリーズ>
hidemaru3375.com/post/天鈿売命(うずめ)は台与(豊)
https://www.hidemaru3375.com/post/かぐや姫は、台与(とよ)
https://www.hidemaru3375.com/post/磐井の乱と台与
https://www.hidemaru3375.com/post/豊受姫(豊受大神)は崇神天皇
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hidemaru3375.com/post/台与と秦氏 敏達天皇は台与(豊)
衣通姫(そとおりひめ)は台与(豊) 雄略天皇は台与(豊)!
孝昭天皇は台与:日原は目原 飯豊王女は台与(トヨ)なのか?
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(2)大原足尼命はトヨ 大宜都比売(おおげつひめ)は台与
倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨ?? 神八耳命は台与(豊)
饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作 台与は饒速日②~交野市倉治
小楯姫は台与:小楯は枚方 四道将軍:日子坐王は台与!
少彦名大神(スクナヒコ)は台与! 大彦は台与!??
ウマシマジは台与! 阿蘇都媛は台与
沼河比売は小楯姫=台与 タケミカヅチは台与!!
ヤマトタケルは台与 瓊瓊杵尊:ニニギは台与
継体天皇はトヨ(台与)??! 継体天皇は台与2~大々杼郷:楯原神社
継体天皇は台与3~田井(寝屋川市) 英彦山と台与
山部赤人は台与! 八幡神は台与!!
とよ(乎止与命・台与・臺與) 台与の物語